大判例

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最高裁判所第三小法廷 昭和54年(オ)1358号 判決

上告人

名鉄ゴールデン航空株式会社

右代表者

片山桂一

右訴訟代理人

本田洋司

被上告人

株式会社トーエークラウン

右代表者

百田明

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人本田洋司の上告理由について

原審が適法に確定した事実関係のもとにおいて、上告人の使用人柏倉澄夫に重大な過失があつたとした原審の認定判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。所論引用の各判例は、いずれも事案を異にし、本件に適切でない。論旨は、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(横井大三 環昌一 伊藤正己)

上告代理人本田洋司の上告理由

第一 原判決には法令の解釈適用を誤つた違背がある。

一、本件事案は被上告人から運送を受託された貨物が運送途中落下し紛失した事案である。

二① 第一審判決が認定した事実は、

「3 原告会社では昭和四七年一二月一日商品を各支店別に二個のダンボール箱に詰めて出荷の用意をし、午後六時ころ(正確には午後六時よりいくぶん早い時刻)被告会社の自動車(トヨタミニェースバン)を運転して集荷に来た被告柏倉に対し、これを引渡した。右貨物のうち、大阪支店宛のものは縦約七〇センチメートル、横約四〇センチメートル、高さ約五〇センチメートル、重量約一五ないし二〇キログラムであり、福岡支店宛のものはそれよりやや小さめであつた。

4 被告柏倉は、原告会社へ来る前にすでに七、八軒から集荷してきており、自動車の荷台(最大積載量四〇〇キログラムで、はね上式の後部扉から荷物を積込む形式になつている)がほぼ満載の状態であつたので、福岡支店宛の貨物を後部扉付近の箱の上に載せて扉を下ろした。ところで、後部扉には施錠することができる装置になつているのであるが、敢えて施錠しなくとも、単に力を加えて閉じた場合には、ボタンを押して持ち上げない限り、容易に開くことのない構造となつているので、被告柏倉は平常必ずしも錠施を励行していなかつた。しかも、これまでに走行中後部扉が開くという事故がなかつたので、同被告は本件貨物を積込んで扉を下ろしただけで、それ以上に確実に閉まつたことを確認することまではしなかつた。

5 被告柏倉は右のとおり、原告会社から委託された貨物を自動車に積込み、次の集荷先に向けて発進したが、しばらく走行した後(徒歩で一〇分くらいの距離)、ふとバックミラーを見たところ、後部扉が開いているのが目に入つた。そこで自動車を止めて調べたところ、後部扉が二〇センチメートルくらい開放されており、原告会社大阪支店の貨物一個が紛失していることが判明した、そのため、同被告は来た道を辿りながら右貨物を捜しつつ、徒歩で原告会社まで引返したが、見つからないので、再び自動車を止めてあるところまで戻り、今度は自動車で捜したが、やはり発見できなかつた。そこで同被告は、被告会社神田営業所に電話でその旨を連絡した。」

② 第二審判決が認定した事実は、

「被控訴人柏倉が控訴人の本店において引渡しを受けた本件貨物は縦約七〇センチメートル、横約四五ないし五〇センチメートル、高さ約五〇センチメートル、重量約一五ないし二〇キログラムであつたこと、被控訴人柏倉は控訴人の本店に赴く前すでに七、八軒から集荷して来ており、自動車の荷台はほぼ満載に近い状態となつていたが、控訴人から引渡しを受けた二個の貨物のうち先づ福岡支店宛の貨物を後部扉から奥の方に載せ、次に本件貨物を後部扉付近の他の貨物の上に載せ、はね上げ式となつている後部扉を上から押えて閉めたこと、後部扉は施錠することができる装置となつているが、施錠しなくても上から押えて閉め嵌合すればボタンを押さない限り開扉することのない構造となつているので、平常必ずしも施錠を励行しておらず、本件貨物を積込んだ際も扉を下ろしただけで施錠はせず、また扉が完全に嵌合してボタンを押さない限り開扉しない状態となつているか否かも確認しないまま次の集荷先に向かつて発車し、約七〇〇メートルないし八〇〇メートル走行した後バックミラーにより後部扉が半開きの状態になつていることに気付き、停車して点検したところ、本件貨物が紛失していることを発見したこと、そして、被控訴人柏倉は本件貨物が路上に落下したものと判断し、これを捜すため徒歩で自動車の進路を逆行して控訴人の本店まで引返えしたが発見できず、再び自動車の停車場所まで戻り、さらに自動車を運転しながら捜したが、やはり発見できず、その後も全く発見の手掛りがなかつたこと、数日後被控訴人柏倉が警察で取調べを受けた際、右自動車で実験したところ、後部扉が充分に嵌合していない場合、走行により右のような半開きの状態が起こり得ることが確認されたことがそれぞれ認められる。」

というのである。

三、前項から明らかなように、認定事実は第一審判決、第二審判決とも殆んど同一の事実を認定している。

この認定事実に基づき、柏倉の過失について、

① 第一審判決は、

「右認定の事実にもとづいて考えてみるのに、被告柏倉は貨物の運送を業とする被告会社において、その集荷及び配達を担当していたものであるから、集荷した貨物を自動車に積込んだときには、積込口の扉に施錠するか、あるいは少くとも確定にこれを閉め、走行中不用意に開くことのないよう確認したうえ、自動車を発進すべき注意義務があるといわなければならない。原告は本件貨物の委託に際し、その種類及び価額について何ら申告していないことが明らかであるが、そうだとしても、被告柏倉が右注意義務を免れるものではない。にもかかわらず、同被告は、不注意にもこれを怠り、本件自動車の後部扉を確実に閉めず、かつ、これを確認しなかつたため、走行中の衝激で右扉が開き、偶々右扉付近に積込んでいた本件貨物がそこから転落し、紛失するに至つたものと推認することができる。従つて、本件貨物の紛失は、被告柏倉の過失によつて惹起されたものということができる。」

として、通常の過失責任を問うたに過ぎなかつた。これに対し、

② 第二審判決は

「被控訴人柏倉は貨物の運送を業とする名鉄東京空輸において貨物の集荷、配達の業務を担当していたものであるから、集荷した貨物を自動車に積込んだときは、積込口の扉に施錠をするか、少なくとも扉が完全に嵌合して走行中に開扉することのないことを確認して発車すべき義務があり、このことは積込みを行なう運転手において僅かな注意をしさえすれば容易に実行できることであり、この施錠又は確認を怠れば、貨物の落下紛失という結果を予見することができたのにかかわらず、被控訴人柏倉において著しく注意を欠如した結果、これを怠つたものということができる。したがつて、本件貨物の滅失は被控訴人柏倉の重大な過失により生じたものというべきである。」

として重大な過失ありと認定した。

四、ところで、重大な過失とは、「一般人に要求される注意義務を著しく欠いた場合のことである」(注釈民法(19)八八頁)し、判例によれば、

① 「重大ナル過失トハ如上相当ノ注意ヲ為スニ乃ハスシテ容易ハ違法有害ノ結果ヲ予見シ回避スルコトヲ得ベカリシ場合ニ於テ漫然意ハス之ヲ看過シテ回避防止セサリシカ如キ殆ト故意ニ近似スル注意欠如ノ状態ヲ指示スルモノトス」(大審院大正二年一二月二〇日第一民事部判決)

② 「重大ナル過失とは、通常人に要求される程度の相当な注意をしないでも、わずかの注意さえすれば、たやすく違法有害な結果を予見することができた場合であるのに、漫然これを見すごしたような、ほとんど故意に近い著しい注意欠如の状態を指すものと解すべきである。」(最高裁判所第三小法廷昭和三二年七月九日判決)

③ 「右のとおり、同条約二五条所定の「故意に相当すると認められる過失」の意義について、同条は、法廷地法にその決定を委ねているのであるが、航空機による貨物の運送が船舶による貨物の運送に類似することを考えると、同条約第二五条は、我が国の商法第五八一条を準用する同法第七六六条、国際海上物品運送法二〇条二項の規定と同趣旨の規定であると解され、したがつて、「故意に相当すると認められる過失」とは、我が国の法律上「重大な過失」を意味するものと解するのが相当であり」(最高裁判所第二小法廷昭和五一年三月一九日判決)

として、重大な過失を「ほとんど故意に近い著しい注意欠如の状態を指すもの」と意義ずけている。

五、これを本件についてみるに柏倉は、

「原告会社へ来る前にすでに七、八軒から集荷してきており、自動車の荷台(最大積載量四〇〇キログラムで、はね上げ式の後部扉から荷物を積込む形式になつている)がほぼ満載の状態であつたので、福岡支店宛の貨物を奥の上部に載せ、大阪支店宛の貨物を後部扉付近の箱の上に載せて扉を下ろした。」(第一審判決認定事実)。

「控訴人の本店に赴く前すでに七、八軒から集荷して来ており、自動車の荷台はほぼ満載に近い状態となつていたが、控訴人から引渡しを受けた二個の貨物のうち先づ福岡支店宛の貨物を後部扉から奥の方に載せ、次に本件貨物を後部扉付近の他の貨物の上に載せ、はね上げ式となつている後部扉を上から押えて閉めた」(第二審判決認定事実)のである。

ところで、柏倉が本件の貨物の集荷に使用した車輌は、トヨタミニエースバン(乙第一〇号証の一〜五で後部扉ははね上げ式の構造になつている。この構造の車輌は、「後部扉には施錠することができる装置になつているのであるが、敢えて施錠しなくとも、単に力を加えて閉じた場合には、ボタンを押して持ち上げない限り、容易に開くことのない構造となつているので、……しかも、これまでに走行中後部扉が開くという事故がなかつた」(第一審判決認定事実)、「後部扉は施錠することができる装置となつているが、施錠しなくても上から押えて閉め嵌合すればボタンを押さない限り開扉することのない構造となつている」(第二審判決認定事実)。

したがつて、柏倉は、「本件貨物を後部扉付近の他の貨物の上に載せ、はね上げ式となつている後部扉を上から押えて閉めた(第二審判決認定事実)ことによつて「通常人に要求される程度の相当な注意」(前記②の判例)義務を尽くしたといえる。

六、この注意義務について、一審判決は「集荷した貨物を自動車に積込んだときには、積込口の扉に施錠するか、あるいは少くとも確実にこれを閉め、走行中不用意に開くことのないよう確認したうえ、自動車を発進すべき注意義務があるといわなければならない」とし、二審判決は「集荷した貨物を自動車に積込んだときは積込口の扉に施錠をするか、少なくとも扉が完全に嵌合して走行中に開扉することのないことを確認して発車すべき義務があり、」として、殆んど同一内容の注意義務ありとしながら、一審判決は軽過失責任を問い二審判決は重過失責任を問うた。

二審判決が柏倉について重過失責任を問うた根拠は、「このことは積込みを行なう運転手において僅かな注意をしさえすれば容易に実行できることであり、この施錠又は確認を怠れば、貨物の落下紛失という結果を予見することができたのにかかわらず、被控訴人柏倉において著しく注意を欠如した結果、これを怠つたものということができる。」(二審判決)というにある。

しかし、本件の車輌は、前述のように「後部扉は施錠することができる装置となつているが、施錠しなくても上から押えて閉め嵌合すればボタンを押さない限り開扉することのない構造となつている」(第二審判決事実)のであり「しかも、これまでに走行中後部扉が開くという事故がなかつた」(第一審判決事実)のであるから、このような状況の場合、柏倉に対し、「扉が完全に嵌合して走行中に開扉することのないことを確認すべき義務」を課し、「このことは積込みを行なう運転手において僅かな注意をしさえすれば容易に実行できること」として、これを「著しく注意を欠如した結果」とするのは、積込を行なう運転手に対し、過酷な義務を課するものである。

七、しかも本件貨物については、「原告が被告会社に対して貨物の運送を委託する際には、被告会社から運送状の用紙(乙第二号証)が渡され、原告側でこれに必要事項を記入することになつているが、本件貨物の運送状(乙第一号証)の品名欄には「Ring」との記載され、高価品である旨の申告もなく、保険を付する旨の申出もなかつた」(第一審判決)のであり、「本件貨物の内容物に高価品も含まれていたことは前記1に認定したところから明らかであり、控訴人が本件貨物の運送を委託するに当たり高価品であることを明告しなかつたことは、当事者間に争いがない」(第二審判決)事実であるところ、柏倉にしてみれば、集荷した貨物が、普通品であるか、高価品であるかによつて「気の持ちようもその取扱いも違つていた……」(第二審判決)ものであり、一般的に考えても普通品の取扱と、高価品の取扱は注意の程度が異るものである。事実、柏倉は、「当審(第二回)における被控訴人本人柏倉澄夫の尋問結果と成立に争いのない乙第一七号証の一、二によれば、本件貨物の紛失に先立つ昭和四七年九月一二日被控訴人柏倉は控訴人から二二〇万五二二六円の価額申告を受けた貨物及び二一万一八〇〇円の価額申告を受けた貨物を集荷したが、その際は貨物の安全のためこれら貨物を自動車の運転席に積込んで運搬したことが認められる」(第二審判決認定事実)のであつて、通常、判例のいう「通常人に要求される程度の相当な注意」義務は尽くしていたのである。このことは、これまで何らの事故もなかつたことから明らかであるし、また「被控訴人柏倉は、原審における尋問に対し、内容物が高価品であることを知れば気の持ちようもその取扱いも違つていたと述べており、当審(第一回及び第二回)における尋問に対し本件貨物の内容物が一八〇〇万円もの価格を有するものと告げられれば恐らく名鉄東京空輸の営業所に電話をし上司の指示を仰ぎこれに従つたであろうと述べている。そうしてみると、仮に被控訴人柏倉が本件貨物の集荷に際しその内容物に高価品が含まれていると知つた場合、具体的にどのような措置を採つたかはしばらく措き、少くともその取扱いはかなり慎重となり、仮に後部扉から積込んだにしても積込み後の閉鎖の確認等により慎重に留意したであろうことは推認に難くない」(第二審判決)のである。

つまり、二審判決においても、普通品の場合と高価品の場合の取扱の相異は認識しており、「高価品が含まれていると知つた場合……少くともその取扱いはかなり慎重となり、仮に後部扉から積込んだにしても積込み後の扉の閉鎖の確認等により慎重に留意したであろう」と認めているのである。

八、しかるに、二審判決は、柏倉に対し、重過失責任を問うた。これは前記①②③の判例に違反し、特に③の最高裁判所第二小法廷昭和五一年三月一九日判決の趣旨を逸脱し、ひいては、商法第五八一条の解釈適用を誤つたものである。

すなわち、この判決③の事案は、当初から貴重品として運送を委託されたものであり、「本件木箱の滅失は、上告会社の従業員が職務を行うに当つて窃取したことによるか、又は手違いによる積残し若しくは荷下ろしによるものである」のであつて、本件の事案のように、高価品であることを明告しないで、普通品として運送を委託したものではない。

また、運送車輌の扉を上から押えて閉めたというような事実もなく、事案を異にするものである。

さらに、前記①②③の判例は、重過失を「故意に相当すると認められる過失」であると意義ずけているが、本件事案は、普通品として認識して受取つた貨物を「後部扉付近の貨物の上に載せ、はね上げ式となつている後部扉を上から押えて閉めた」(第二審判決認定事実)がたまたま走行中扉が半開き状態となつて、落下し紛失したものであつて、「故意に相当すると認められる過失」とは程遠く、一審判決のように軽過失が認定されるべき事案である。

九、よつて、二審判決は従来の最高裁判所の判例に違反するものであり、ひいては、商法第五八一条の解釈適用を誤つたものであるから、破棄の上差戻しを求める為上告した次第である。

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